初めまして。昭和58年卒業の柏原尚子と申します。地元岡山在住です。
私は現在、英語の通訳案内士をしています。通訳案内士は別名通訳ガイドとも言い、海外から日本に来られたお客様に随行して外国語で日本を案内する仕事です。
通訳案内士の免許は長女が1歳だった20年ほど前に取得していたのですが、それから3人の子供の育児に追われ、専業主婦として家事育児のみをする毎日を10年以上送り、実際にガイドを始めたのは、一番下の娘が中学生になった6年ほど前からです。専業主婦からのスタートでしたので、右も左もわからず、始めた当初は年間10日の稼働という開店休業状態でしたが、外国人観光客の増加に伴い、稼働日数もすっかり増え、今では年間100日を超えるようになりました。
名称に通訳という言葉がつくので、通訳と良く間違われるのですが、基本的には自分の言葉でご案内をします。しゃべる内容は完全に個々のガイドにまかされているので、試験に通ったからといって、もちろんすぐに仕事ができるわけではなく、日本全般の知識、訪れる場所の勉強は常に必要です。初めて行く場所は必ず下見に行きます。移動ルートの確認は荷物を持っての移動を考え、エレベーターやエスカレーター、コインロッカーの位置の確認をします。様々なニーズにこたえるため、和食、フレンチ、イタリアン、中華のレストラン、アレルギーやベジタリアン、宗教的な食事制限への対応がどこでできるかについても事前に調べておきます。洋式トイレの位置と数の確認は必須です。
ガイドとして仕事を始めた時は、知らないことを聞かれたらどうしようと知識不足ばかりを気にしていました。そんな時、あるお客様の「私たちは楽しみに来ているの、勉強しに来ているわけじゃない。」という言葉にはっとさせられました。私たちの仕事は知識を披露することではなく、お客様が日本で楽しい時間を過ごされるようにお手伝いすることだと。
実際にお客様に接してみると、求めておられるものは、知識だけではないということがよくわかってきました。土日にも制服姿の学生がいるのはどうしてか、日本人は毎食米を食べるのか、ビルの窓にある赤い三角印はなにか、日本のタクシーの運転手はどうして白い手袋をしているのか、なぜ若い女の子は内またで歩くのかなど、尋ねられるのは日常生活に関する質問、私たちが普段気にも留めないことです。
ユーモアも大切です。外国のお客様はユーモアを大変喜ばれ、一気に距離が縮まります。タクシーの運転手さんはなぜ白い手袋?に対する答えをあれこれ調べていた私に、「みなさん、ミッキーマウスのファンなんです」という楽しい返し方をベテランガイドさんが教えてくださいました。
岡山在住ですので、後楽園、倉敷などの県内の主な観光地の他に最近は直島、豊島、犬島といった瀬戸内のアートの島をご案内する機会が増えてきました。現代美術のガイドをしていて感じるのは、美術鑑賞は単に目で見るのではなく、それ自体が体験であるということです。お客様は、住んでおられる国も、地域も、職業もそれぞれですので、みなさんそれぞれの視点があり、ご自身の今までの経験をバックグラウンドに美術作品に接しておられます。
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ベネッセハウスの屋外作品の影 |
私は、美術鑑賞は、アーティストの意図したものを横糸とすれば、鑑賞者の今までの経験全てを縦糸として、アーティストと鑑賞者によってなされる体験だと考えております。ですから、作品を鑑賞した後のお客様の感想もそれぞれ異なります。例えば、地中美術館のウオルター・デ・マリアの作品については、SF映画の中にいるようだ、異空間に入ったようだ、未来都市のようだ、といった感想もあれば、宗教的なものを感じる、瞑想の場のようだというもの、また古代の日時計を連想させるというもの、ギリシャ神話のシーシュポスの話を連想させる、数や比率に関してたくさんの発見がある等です。同じものに接しても、未来を感じる方、過去を感じる方の両方がおられるのは、作品のタイトルが「Time/Timeless/No
Time」であることを考えると大変おもしろいことです。
お客様に私の感想や解釈を聞かれることも多く、お互いの感想を話し合うことで、体験が深まったり、新たな発見があったりします。お客様との毎回の出会いこそが、私にとっての貴重な体験です。
地中美術館は、何十回となく訪れましたが、間接自然光を使った採光のため、訪れるたびに違った印象のモネの睡蓮に出会います。ウオルター・デ・マリアの部屋も自然光でこちらは直接採光ですが、毎回、驚くほど印象が変わります。
アートは鑑賞後にそれを消化する時間が必要ですが、直島では次の施設までに、海沿いの道を歩きながら日の光を浴び、島の自然に接することで、その前に接したアートの消化吸収ができ、そこがこの島の魅力のひとつです。
ご案内したお客様やエージェントからいただくカードやメールがなによりの励みとなります。「あなたのおかげで忘れられない旅になった、長く記憶に残る素晴らしい体験だった」などの言葉をいただくと、疲れも吹っ飛び、ガイドをさせていただいて良かったと心から思います。お客様に「お母さんのように面倒を見てくれてありがとう」と言われると、子育ての経験も生かせているのかなと思います。
私の担当するお客様は約半分がアメリカ、残りが英国、オーストラリア、ニュージーランドといった英語圏の国々、ヨーロッパ各国、イスラエル、ブラジルなど、世界各地からいらっしゃいます。その状況を「あなたが海外にでていかなくても、世界中の国があなたのところに来てくれるのね。」とお客様に言われたこともあります。地元岡山にいながらにして世界中でご活躍の各界のお客様にお会いしてお話できるのが、この仕事の楽しみでもあります。
毎回様々なお客様と出会い、体験を共にし、色々なお話を伺うことのできるガイドという仕事が大好きです。出会ったお客様のお気に入りの美術館をノートに書いてもらっています。いつかそのリストを持って世界中の美術館を訪ねるのが私の夢です。 |
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