まさかこの歳(55 歳)になってワールドリレーに参加できるとは光栄です。
今年の4 月から3 年間、ブラジルのサンパウロを中心にデジタル放送装置のビジネス向け市場創造の社命を受けて出向駐在を始めました。これに先立ち、2年間ほど出張を繰り返しておりましたが、あまり観光もできず、生き延びる術を何とか身につけたレベルで、ポルトガル語の壁、ブラジル人の商習慣にまだまだ適応できず、できれば後2年後位にリベンジの報告をさせていただきたい(笑)。
さて、3 月の壮行会は、さながらワールドカップに向けた壮行会の様相でもありました。(山海教授は、この世紀のイベントには参加していません、悪しからず)
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信江@Copacabana |
2014 年3 月の追い出し壮行会 |
◆ということで、ワールドカップ@リオ・デ・ジャネイロ
今年のサッカー ワールドカップは、ブラジル全土の12 カ所で開催されました。朝日同窓の日高君が準々決勝のチケット(リオ・デ・ジャネイロ マラカナンスタジアム)を早々にゲットしており、奥様には申し訳ないことになりましたが、男二人でこの試合観戦を中心にリオで合流したのです。
1960 年までは首都であったリオの教会、博物館、美術館など中心市街地探訪ののち、シュハスカリア(ブラジル流の焼肉食べ放題)で肉三昧。店はPorcao
Rio。チェーン店ですが、肉も海鮮も見事に美味い。写真のベービービーフは最高に美味いので何度も頼みましたよ。ブラジルの牛肉は美味しいのに非常に安いです。
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(左)ベービービーフ@Porcao (右)W カップラベルのワイン@Porcao |
準々決勝は、ドイツ対フランス戦、屈指の好カードでした。結果はドイツが1-0 で制し、さらに再びマラカナンに戻って来て優勝しましたが、ドイツの応援団が実に統制が取れていて素晴らしかった。勝ったこともあり尚更ドイツ人の歌声がスタジアムに響き渡って荘厳とさえ感じましたね。日本は早々に敗退していましたが、サムライブルーのシャツを来てうろついていると結構声をかけてもらい、記念撮影やら汗拭きタオルの交換やらで国際交流できたのはいいのですが、当日は、別の都市でブラジル対コロンビア戦も行われたため、怒涛のごとく応援団が海岸に繰り出しており、酔っ払いにも絡まれるという危険な経験も少々。なぜか、様々な場所でコロンビア人たちと仲良くなったのが不思議です。
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マラカナンスタジアムで
コロンビア人祖母と孫と一緒に〜 (呼ばれた) |
コパカバーナのコンビニみたいな店に寄ったら、
コロンビア人経営者から、コロンビアが最高だって芸をさせられた |
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キリスト像@Corcovado |
リオは観光地として有名過ぎますが、山の上の「キリスト像(コルコバードの丘)」は噂に違わぬ絶景、コパカバーナ、イパネマ海岸など日の出前に出かけて「朝日」を愛でたり、最後はコパカバーナの要塞で日高君とビールをゆったり飲み干しつつ濃厚な日々を楽しみました。彼と話したのは、「高校時代はお互い全く知らんかったよねえ」。ものすごい混雑していたけど天気も最高!
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アルゼンチンワイン「MALBEC種」 |
赴任早々登場させていただきましたが、これからブラジルを徐々に理解することになります。ブラジルの「治安の悪さ」を指摘されますが、危険と隣合わせは日本以外の世界は当たり前ですから、地元の人ですら注意して生活しています。少々のことはニュースにもなりません。自分がニュースに登場しないように気をつけなければなりませんが、ブラジルにいるからこそ、遠慮もせずにハマってしまったのが、アルゼンチンワインのMALBEC
種です。もうこの種類以外飲んでませんし、毎週一本づつ異なるブランドのMALBEC を飲んでおりますと、違いはよくわからなくなる(ただの酒飲み)のですが、それ以外の種を飲むと「全然違うよ」という具合に美味しいのです。しあわせです。というような生活の驚きは、Facebook
に書きなぐって共有しています。地球の反対側といえどもIT の進歩で全く離れているという感じがしないですからね。
さて、サンパウロには3級下の同窓生である松永さんも、ほぼ同時期に赴任され活躍していらっしゃいます。不思議なご縁ですね。暫くは、年に一回はブラジルからのワールドリレーをつなぎ、来年は松永さんにお任せし、リオオリンピックの年には私が再び登場させていただきたく(m(_
_)m)。 |
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