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世界で活躍する同窓生からのメッセージ(敬称略)
中川亜紀  ( 平成6年卒)  ロシア

モスクワより
夏は日本以上に眩しい日差しですが、その束の間の夏に
人々は開放感と喜びを満喫するかのようです。

 朝日高校入学間もない頃、国語の先生がおっしゃったことを今でも思い出します。「朝日高校の生徒なら、文庫の背表紙をぱっと見ただけで、どこの出版社か分かるくらいでないといけません」。自称本好きではあった私ですが、「まだそこまでの読書量はないな」と思い、それから文庫本をしきりと手に取るようになったように思います。

 そんな時友人の間で、ドストエフスキーの『罪と罰』を読んだ事があるか、という話題になったことがありました。タイトルを見ただけでも暗く重いこの作品に挑んだある友人は、読後に「しんどかった…」と漏らしました。実は私もその後、恥ずかしながらいまだ読破できずにいます。

 小説の中でも恋愛がらみのものばかり読んでいた私にとってはトルストイの『アンナ・カレーニナ』は面白く読めた作品でした。またチェーホフの『犬を連れた奥さん』も、当時はその作品のまるで絵画のような美しさには気付かず、いわゆる不倫の燃え上がる恋の描写に引き込まれたものです。

 しかし、今思えば当時「晴れの国おかやま」で読むロシアの文豪たちの作品は、ほとんど私の中に入っていなかったと言えます。岡山にふり注ぐ太陽の日差しとみずみずしい果物や美味しい魚、清々しい空気、そして快適な日本という国での生活は、あまりにもここロシアでの生活とはかけ離れており、ロシアの世界は想像を絶するものがあったからです。

 今、モスクワの厳寒の雪景色に見惚れ、またその気候の厳しさを反映したかのようなソ連時代の厳しい暮らしを経て今の近代化されたモスクワに暮す人々を知り、初めて、高校時代に挑んだ作品たちのいくらかを、理解できたような気がします。

 東京や大阪に飛び立つ高校の友人たちを指をくわえて眺めていた私ですが、当時学生だった夫と岡山で結婚し、その後7年間東京で生活しました。そして2009年7月から、夫が赴任することとなったここモスクワでの生活が始まり、ほぼ半年が経ちました。

 三人の幼い子供を連れての赴任なので、子供たちの生活環境を整えるだけでも一苦労ですし、英語で仕事をする夫とは違い、主婦は買い物も幼稚園もご近所も、また水道や電気のトラブル(モスクワでは日常茶飯事です)もすべてロシア語です。苦労もたくさんありましたが、その中で私たち家族を助けてくれたロシア人の人々の温かさを実感した半年でもありました。

 

お友達のところで働いているベビーシッター
さんですが、いつも一緒に遊ぶのでうちの子
供たちのことも家族のように可愛がってくれ
ます。
子供達を自分の孫のように可愛がってくれる運
転手さんと。ノヴィデヴィッチ修道院をバックに、
チャイコフスキーが「白鳥の湖」の構想を練った
と言われる場所。

 ここでは日常生活において英語はまず通じませんし、外国人も少数です。また私たちと同じような顔立ちをしているアジア系民族が多く、白人による暴行事件も珍しくないため、ロシア人から見たら見分けの付かない私たち日本人も巻き込まれる危険性も高く町を歩くのも緊張の連続です。

 抜群のプロポーションと際立った美人の多いロシアですが、もったいないことに彼女たちは滅多に笑ってくれません。スーパーなどでの買い物でも怒られているような気がするほどの冷たい対応です。接客サービス世界一の東京に居たせいかもしれませんが、おまけに言葉も通じないとなるとレジで泣きそうになったこともしばしばでした。

 また外国人慣れしていない彼らは、私たちが言葉が通じない時、ゆっくり分かりやすく話すのではなくて、ひたすら大声で何度も何度も繰り返して、熊のように迫って来るため、逃げ出したくなります。

 

世界遺産のノヴォデヴィッチ修道院の横にある墓地。ここには
写真のチェーホフの他、ショスタコービッチやゴーゴリなど有名
な人の墓があり、その形はとてもユニーク。日本のような暗さ
はありません。訪れる人が花をそえて行きます。

週に一度来てくれるベビーシッター
さん。ロシア語で「ニャーニャさん」と
言い、その響きの可愛らしさの通り、
子供達に愛情を注いでくれます。
子供の相手の合間に、子供達が大
好きなボルシチを作ってくれることも。
お手伝いさんに教えてもらって作っ
た「ボルシチ」と、ウズベキスタン
料理としてモスクワでもポピュラー
な「プロフ」(写真奥)

 でも、実は彼らは本当に素朴で親切な人たちだということが、幼い子供を連れているとすぐに分かります。

 彼らは家族をとても愛し、深い結びつきを持っています。そして子供を心から宝と思い、働く両親に代わって祖父母が大切に育てます。

 これはロシアの伝統のようです。そのため、私たち外国人も、道行くおじいちゃんおばあちゃんには必ずと言って良いほど声をかけられ、時には子供たちの頭をなでられながら「良い子たちね!」「3人の子供のお母さんなのね!立派だわ」などと誉めてもらえるのです。

 

8歳の娘と5歳の息子が習っているピアノの発表会を自宅で開きました。自らお友達を
呼んで、練習の成果を聴いてもらうという経験が大切、とロシア人の先生は言います。
チャイコフスキー記念コンサートホールで、
子供達も入場可のコンサートを一家で楽し
みます。幼い内から質の高い芸術に触れ
させる機会にあふれています。

 また反対に、冬になると「なぜ帽子をかぶせてないの?」「タイツをはかせなさい!」などとお叱りの言葉もしばしば。

 そして前述のように泣きそうになるようなスーパーでの買い物でも、小さな子供がいるだけで突然その険しいロシア人たちの顔があっという間にほころんで「まあ、なんて可愛い子どもたち!」となるのです。  彼らの多くはかなりシャイですが、一度心を開いてくれると、それは朗らかで頼もしいほどに陽気な温かい人柄なのだと分かって来ました。

 あまりに厳しいその寒さゆえ、冬にはあらゆるものが故障し、修理も気が遠くなるような日数がかかり、銀行や郵便も不確かで、バスや電車もしょっちゅうストップ、何を聞いても「ニズナーユ(わからないよ)」「シトージェーラチ!(どうしようもない!)」と答える彼ら。でもそのすべての不確かさゆえに、彼らの人を思う心には確かさがあるような気がします。
自宅近くでそりを楽しむ子供達。こちらのそりはしっかりとした金属と木で
出来ています。
 今、何人かのロシア人たちが、私たちの手探りでの生活を身近で手助けしてくれています。

 代償を顧みず、まるで本当の家族のように助けてくれている彼らの温かい心に触れる時、マイナス20度の厳寒のモスクワの冬景色が、本当に美しく輝いて見えます。

 結晶のままキラキラと光を反射させながら空から舞落ちる雪と、まるでおもちゃ箱をひっくり返したような可愛い教会や古い建築物の美しい町並み…

 そんな中で、彼らの心に触れ、また世界に知られる素晴らしい芸術にも日常的に触れられる生活は本当に素晴らしいです。

 あとはアンナ・カレーニナのような熱い恋でも経験できたら最高だろうな、などと妄想しつつ、30代半ば、しかも3児の母である私は、息を切らせてそり遊びに駆け出す子供たちと共にロシアの冬を満喫したいと思っています。


 


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