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国内で活躍する同窓生(敬称略)
光田 京子(昭和51年卒) 京都市在住

京暮らしのたのしみ

平安神宮

 わたしは現在ちょうど50歳です。半世紀の間に暮らした場所は、生まれ育った岡山に20年、結婚後夫の留学に同行したパリに2年、のこりの28年は大学時代とあわせてずっと京都です。

一、パリと京都

 パリと京都はともに歴史ある古都で、多くの観光客が訪れる街です。パリに住んだ2年間に、生活しながら街のもつ魅力を愉しむことをおぼえました。観光名所を訪れることもありましたが、ふつうの街角にもいろいろな発見があり、むしろそういう日常のなかにこそ街の歴史や美しさが宿っているようにおもいました。

 ふたつの古都は地形的に似たところがあります。街の中心をセーヌ川と鴨川という川がゆったりとながれ、右岸には宮殿が、左岸には大学街があります。わたしの住居はどちらの街でも左岸に位置し、ともに19世紀の博覧会会場の跡地がちかくにありました。パリでは1889年の万国博覧会を記念して建造されたエッフェル塔や1937年の万博で建て替えられたシャイヨー宮、京都では1895年の内国博覧会を記念して建てられた平安神宮と博覧会跡地の岡崎公園です。

 19世紀から20世紀前半は博覧会の時代で、各国は競って近代化をすすめていました。日仏の近代化を象徴するモニュメントを間近にみて暮らしていると、それらの産み出された時代の精神にふれる想いがします。
 パリと京都のちがいもおおきいです。パリが京都より優れているとおもったのは、街並みを保存する姿勢です。19世紀に印象派の画家たちが描いた街並みは、ほぼそのまま今日まで残されています。

 一方京都は、戦災の被害は少なかったものの町屋はどんどん建て替えられ、無秩序な街並みに変わってしまいました。しかし京都にはパリにはない大きな美点があります。三方をかこむ山々、湿潤な空気、四季折々に咲く花々が、乾燥した石の街パリとはちがった、うるおいある景観をつくりだしているのです。
 つぎに、わたし流の京暮らしのたのしみ方をご紹介しましょう。


二、花鳥風月

 街角でみかける花ほど、季節の移りかわりを感じさせてくれるものはありません。とくに春は、日々ことなる種類の花を見ることができます。
 京都御苑の梅園と桃園は、順番に色とりどりの花を咲かせます。コブシと木蓮の清浄な花は、街路樹や小学校の木としてよくみかけます。鴨川べりには雪柳のベルトがつづき、柳の新芽も風になびいています。

鴨川河畔の雪柳とやなぎ 武道センターの枝垂れ桜 疎水縁のソメイヨシノ

円山公園の池、アオサギと鴨

 そしていよいよ、桜の季節を迎えます。最初に咲くのは彼岸桜、そのつぎに枝垂れ桜、色の濃い紅枝垂れ桜はすこしだけ遅れて咲きます。近くの庭園家、重森三玲の旧宅には毎年みごとな紅枝垂れ桜が咲き、通りから楽しませてもらっています。

 疎水縁と鴨川両岸のソメイヨシノがいっせいに咲くと、川のまわりが桜色の雲におおわれたようです。最後に咲くのは八重桜、ほぼ一ヶ月にわたり、さまざまな桜を眺められます。

 冬から春は、川辺に鳥たちの姿も多く見られます。朝日高時代、生物クラブで太田耕次郎先生に野鳥観察を教わりましたが、鳥の名前はあまりおぼえていません。それでも、シロサギ、アオサギ、カルガモ、ユリカモメなど、鴨川の橋の上からよく眺めています。


三、建築と石碑

 1200年以上の歴史がある京都ですが、意外と近代の遺跡も多いです。明治から戦前にかけて建てられた建築が、今も現役で使われています。それらの建築様式を観察するのも楽しいことです。

 三条通にはとくに明治の洋館が多くのこっています。東京駅を設計した辰野金吾の設計になる旧日本銀行京都支店は、現在京都文化博物館として再生されています。レンガ造りで内部は木造の重厚な建物です。

旧日本銀行京都支店

京大人文科学研究所東洋文献センター

 辰野の弟子、武田五一の建築は公共の建造物に多くみられます。京大建築学部、京大人文科学研究所東洋学文献センター、京都市役所、鴨大橋など、一人の建築家の作品とはおもえないほど多彩なデザインで、街の景観のアクセントになっています。

女紅場跡の石碑

 アメリカ出身のキリスト教伝道師で建築家、ヴォーリズの建築はキリスト教関係の建物に多いです。同志社大学アーモスト館、京都大学YMCA、駒井邸(京大理学部教授、キリスト教徒)など、合理性と装飾性のバランスのとれた建築です。

 このほか、1933年に昭和天皇の御大典記念として建設された京都市美術館は、帝冠様式という独特の様式で設計されています。近代的鉄筋コンクリート建築でありながら、瓦屋根を戴いて、どこか日本的な伝統をかんじさせます。

 街並のなかに、さまざまな時代のさまざまな意匠の建築物が混在し、それらの個性ある意匠を細部までながめていると、過去の時空を旅する気分です。現在の中に幾重にも時間がつみかさなっている街、それが京都です。

 歴史的な建造物がかつてあった場所には、石碑が立てられています。岡崎公園には円勝寺や法勝寺など平安時代院政期の寺院跡の石碑が、丸太町通り周辺には小澤廬庵や香川景樹など江戸時代の学者の住居跡の石碑が立っています。

 丸太町橋を西に渡ったところには、明治のはじめに創立された女紅場跡の石碑があります。この学校は日本で最初の近代的女学校でした。わたしは近代の女性史を研究しておりますので、女性たちの足跡を京都の街にさがしています。『京都の女性史』(2002年 思文閣)という共著では、榊原弥生という女性について論文をかきました。


四、景観

 京都の景観をめぐっては、1996年にセーヌ川にかかるポン・デ・ザールをモデルにした遊歩橋を鴨川にかける構想が発表され、景観論争がまきおこりました。「京都の街並みにパリの橋はにあわない」という市民の声で、結局この計画は中止されました。京都らしい景観をまもることの大切さが近年認識され、昨年には新景観政策がはじまり、建物の高さやデザインがより厳しく制限されることとなりました。

 高い建物がないということは、見晴らしの点でありがたいことです。街のどこからでも山がみえると、ほっとします。わたしのすきな見晴らしのよい場所を、3カ所ご紹介しましょう。

ひとつめは、鴨川にかかる橋(鴨大橋、丸太町橋、荒神橋など)から北山方向の眺めです。川のながれと墨絵のように濃淡の変化する山並み、そしてひろい空、いつ見てもこころが晴れます。

丸太町橋からの北山眺望

ふたつめは、京都国立近代美術館の4階からのパノラマ風景です。横にひろい窓から、平安神宮の大鳥居と京都市美術館の堂々とした建物、遠景には東山のふかいみどりのなかに黒谷の三重の塔がみえます。自然と歴史的建造物とが、大胆な構図でえがかれた絵のようです。

 三番目に、吉田山山頂の茂庵というカフェからの眺めです。西には木立のあいだから京都の市街が一望でき、東には如意ヶ岳の大文字がくっきりとみえます。

 いつまでも、京都のうつくしい景観がまもられることを願ってやみません。

京都国立近代美術館4階から望む 「茂庵」からの京都市街の眺め

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