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国内で活躍する同窓生(敬称略)
今井 勉(昭和58年卒) 岡山県在住

涙と笑いのコンサート、パンフルートの音色にのせて…

筆者とパンフルート『備前の風』
この相棒が私を変えた
 40歳を過ぎて、プロになったのである。大器晩成?そうではない。自分らしい生き方を見つけただけである。

今私は42歳、パンフルートとの出会いは、ちょうど二年前。試行錯誤のすえ、偶然自分で作ってしまったのである。その音色の優しさに驚き、音楽の専門書などで調べてみると、世界的には「パンフルート」や「パンパイプ(ス)」と呼ばれている民族楽器であることがわかった。なんと正倉院の中にも納められており、6世紀に大陸から渡来して来たのだが日本には根付かなかった楽器なのである。

何にせよ、持てさえすれば演奏に挑戦できるという「ユニバーサールデザイン」性の高さに惚れ込み、「この楽器の良さを日本中の人に知ってもらおう!」と一大決心、パンフルートの製作・演奏に人生の後半を尽力しようと心に誓ったのである。

といっても当初は、演奏のレベルもたいしたことなく、ひとりで悶々と練習してもなかなかうまくなるものでもなかった。
ボランティア演奏の様子、「ふるさと」の演奏にあわせて、みなさん合唱

 そんな私を見かねてか、知人が「介護施設などでボランティアの演奏をしてみては?」と勧めてくれた。そこで一昨年の九月からボランティアの演奏活動を月に5〜6回行うようにしてきた。

施設利用者の方々(平均年齢85歳くらい?)が喜んでくださる選曲ともなると、童謡・唱歌、ナツメロが演奏の中心となる。知っている曲が演奏されると、おじいちゃんもおばあちゃんも歌い出し、あっという間に大合唱となるのである。

施設でのコンサートが終了するとみなさんとても喜んでくださって「また来てね」と私に声をかけてくれるのである。「なんだこの充実感は?」生れて初めて感じる心の温まる瞬間である。 
      
ステージではパンフルートの説明も欠かさない

 そして、ボランティアの演奏活動を始めて3ヶ月たった年末のある日、一生忘れることのできない経験をするのであった。

岡山市内の某施設に演奏で伺った時、寝たきりでここのところ意識がはっきりしないおばあちゃんがいるということを知り、「おばあちゃんに音楽のクリスマスプレゼントをさせてください。」と枕もとでの演奏を許可いただいた。私の十八番『女の一生メドレー(「嬉しいひな祭り」「思い出のアルバム」「宵待ち草」「花嫁人形」「かあさんの歌」)』を演奏してあげると…。ちょうど「花嫁人形」を演奏しているとき、見ればおばあちゃんの閉じられたまぶたから、溢れ出す涙がどんどんと枕へ流れていくではないか。

「意識がないと言われていても、ちゃんと聞こえているんだ!」勢いづいた私は、さらに何曲も演奏を続けると、しまいにおばあちゃんは目を開けて、枕もとにいる私のほうを見やって「あんた、だれでー」と岡山弁で言ったのであった。

生れて初めて、自分の演奏に対して、涙を流してまで喜んでくれる人を目の当たりにして、「残りの人生をパンフルートと共に」と強く心に誓い直したのであった。音楽のクリスマスプレゼントのつもりが、90歳になるおばあちゃんから逆に「涙」のクリスマスプレゼントのお返しをもらったのである。 

テレビ新広島製作の番組『人気もん』の取材を終え
柳沢慎吾さんと記念撮影

 それからは精力的に演奏活動を開始、PRにも余念がなかった。おかげさまでTVや新聞にも取り上げていただき、さらに活動の幅が広がってきている。岡山県外からのコンサート依頼も数多く入って来るようになってきた。コンサートホールだけではなく、教会、お寺、神社、学校、村祭り、歌声喫茶などなど…スケジュールの許す限り、パンフルートの生音を届けに出向いている。

 それから、「おばあちゃんの涙」の一件があってから、「私の演奏を聴きながら泣き出す人」が急に数多く現れ出したのである。不思議である。「奥さんに半ば無理やり付き合わされてコンサートに来た」と言った雰囲気の、60歳前後の「角刈りの鬼瓦のような怖い顔」の男性が、パンフルートで演奏される「通りゃんせ」や「赤とんぼ」などの懐かしい童謡を聴くや否や、目を真っ赤にして涙を流し出したりすることは、もう珍しいことではなくなってきた。

「科学がどんなに発展して、便利な世の中になっても、人間は人間なんだよな。どんなに偉い人でも昔は幼子だったんだよな。」そんなことを改めて感じさせてもらっている今日この頃である。「スローフード」という考え方があるが「スローミュージック」というものも、現代人には必要になってきているのではないか。これがステージの上で感じた実感である。
      
三木山フォルクローレ音楽祭(三木市)に出演
ステージの前には何百人ものお客様

 保育園や幼稚園、小学校で演奏した際に強く感じたのであるが「老若男女が一緒に同じ歌を歌える環境が作れたらどんなにすばらしいだろう」と。聞くところによると「荒城の月」が音楽の教科書から外されることになったとのこと。「日本の原風景・日本の心」を歌い継ぐ「童謡・唱歌」を次の世代に受け渡したい。パンフルートを通して、そんな活動にも今後力を入れていきたい。

ステージでも言っているのが「当面の目標はNHKの紅白歌合戦に出場してパンフルートと歌で童謡を日本中の人と一緒に(同時に)歌うことです。」である。もちろん会場は大爆笑である。しかし、5秒ほど経つと客席の奥の方から「頑張れよー!!」と力強い声援と、その後拍手の渦が私を包み込むのである。

肩の力を抜いて、自分らしい生き方が今出来ていることに感謝しながら、これからも頑張っていこうと思う。


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